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代表挨拶

プロフィール
日本・モンゴル柔道友好協会
会長 藤原 良平

1941年京都生まれ。中学生から柔道を始め、京都府立桂高校、同志社大学(関西学生チャンピオン)、大学卒業後は就職先の博報堂でも選手として活躍。
同社在職中にベルギーのナショナルチーム・コーチ、母校同志社大学柔道部の監督を歴任。
2001年4月定年退職。現在は西日本実業柔道連盟常任理事、日本・モンゴル柔道友好協会会長の公職を勤める。


ごあいさつ
 20世紀は戦争に明け、戦争に暮れました。21世紀は平和とスポーツの世紀を期待していますが、各地で紛争が起り、テロは後を絶えません。私たち民間人が個人として、新世紀に、少しでも国際貢献出来るものは何か。草の根交流・親善をテーマにボランティア活動を始めました。
 2001年12月、柔道を愛する方や、国際協力に関心のある方に呼びかけ、支援グループ「日本・モンゴル友好柔道場」を立ち上げました。
(1)柔道を通じて、日本・モンゴルの民間レベルの友好親善をはかる。
(2)モンゴルの青少年に柔道の普及、拡大をはかる。
(3)両国の柔道、格闘技の発展に寄与する。
以上の3つを目的としています。加えて、その目的をモンゴルで具現化するため、2002年6月にモンゴルNPO「MJ協会」を「日本・モンゴル友好柔道場」のバックアップにより設立いたしました。特にスポーツ(柔道、レスリング、相撲などの格闘技)を通じてモンゴルの青少年の教育を支援することを目標としています。私たち日本人が、戦後の貧しかった少年時代、心とからだの鍛錬に大きな役割を果たしてくれたのが学校の破れ道場や町道場、それらの道場から多くの少年達が巣立ち、日本の高度成長を支える戦士となっていきました。「MJ協会」もモンゴルの国づくりに貢献する強靭な体力と精神力を備えた人材の育成を支援したいとの願いからです。
 2002年11月にはその活動の拠点となる事務所をウランバートル市に開設いたしました。
1990年社会主義をいち早く棄てたモンゴルは、グローバリゼーションの波が押し寄せ、多くの人々が遊牧生活を棄て、240万人の人口の3分の1がウランバートルに集中。生活環境の悪化、自然破壊、貧富の差の拡大、不就労者、ストリートチルドレンの増加など問題が山積しています。
そして、世界最貧国の一つに挙げられ、国内では仕事が無く、国外に出稼ぎに行く人が年々増えています。世界史の中で、ユーラシア大陸を舞台に駆け巡り、大帝国を築いたジンギスカーンの末裔たち、尚武の気質が失われていくのではないかと憂慮されます。
モンゴルが世界で活躍できる最も近いスポーツは、モンゴル相撲を基盤とした柔道、レスリング、ボクシングなどの格闘技です。オリンピックの舞台で好成績を挙げることが民族の士気を高揚し子供達の夢を大きく膨らませます。
 2002年1月に柔道畳72枚、5月と11月にリサイクル柔道着90着、8月にスポーツ医療用救急箱を贈りました。
 2003年6月に「MJ協会」主催の「MJジュニアー柔道大会」をモンゴルで開催、優勝した5人の選手とコーチ、役員計8名を9月に行われた世界柔道選手権大阪大会観戦に招待し、その間、交流練習、親善試合、講演会、交流会を開催いたしました。後日、選手達から感動と感謝のレポートが届きました。
 2004年5月にウランバートルで「MJ少年柔道大会」を開催。8月に、日本から学生選手の派遣など交流を深めて参りました。さらに、9月から5人の学生に奨学金の支給を始めました。
 2005年は少年柔道大会の開催。指導者研修や選手の派遣招聘など人の交流。リサイクル柔道着、医薬品など物品の贈呈。奨学金制度の拡充。以上の4つを柱とし支援を続けてまいります。草の根交流・親善をモットーにモンゴルの将来を担って立つ青少年にスポーツを通じて、心身を鍛え、たくましく世界に通用する人材の育成も国際貢献の一つかと思い頑張っています。

(C) Japan Mongol Friendship Judojo