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 No.52

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●モンゴルレポート●


                 MJ柔道場建設後の指導と運営・運用に向けて


                                     
理事長 中川 達治


                                                   

今回のモンゴル国訪問は、ソンギノハイルハン区に建設したMJ道場建設後の指導方法をはじめ、どのように運営・運用しているのかを直に視察することを主目的とした。
真新しい道場に入ると30人余りの子供達が、日本からの訪問者5名と同行のゲンデン、高橋両氏を迎えてくれた。
道場の施設は、昨年10月21日完成した状況を維持してきれいに使用され、開放部も大きく、天井も高く柔道場に適した構造だ。畳の下の床も子供たちのことを思い、投げられた時の衝撃を吸収するための床板を全面に敷き詰めた仕様としている。
道場で柔道を習っている子供たちは、小学校高学年が中心で、幼児と中学生が数名、全て初心者のように思えた。指導者は国境警備隊の隊員で、現役の81kg級の選手ダウガドルジさん(28歳)。
指導者のダウガドルジさんの話では、現在定まった練習日はなく、MJ協会のハマスレン氏から依頼されて来ている。「勤務の関係で週に一度程度、子供たちに柔道の指導をしている」とのことで、指導方法も「どの様に子供たちに教えたら良いのか、手探りの状況で私が習った頃を思い出して教えている」との答えが返ってきた。
約1時間の練習を見て、ゲンデン、高橋両氏からは、「指導内容、方法など本来の指導要領に沿った指導をしていくべきではないか」との感想があった。
モンゴル柔道協会のブフバット事務局長とMJ道場の運営について話をしたところ、「ソンギノハイルハン区は地方からきて家もなく、ゲル住宅に住んでいる地域で、月謝も満足に払えないだろうが、子供たちの柔道を通じての教育のため、モンゴル柔道アカデミーとして運営に協力したい」と話ししてくれました。
現状の指導方法などを見て、子供たちのためにMJ道場で礼儀作法を含めた指導をするには、きちっと指導者講習を受けた指導者がいる組織に任せるのが良いのではないかと強く感じた。
日本・モンゴル柔道友好協会を支えていただいている皆さんには、私を含め礼儀作法も備わった柔道人としてこのMJ道場を巣立っていってほしいと願っている。
道場運営など今後2〜3年は必要との認識で、早期に自立出来るようサポートして行きたい。

 
真新しいMJ柔道場で学ぶ子供たち 前列中央が指導者のダウガドルジさん。後列は訪問者たち。


モンゴル訪問記                                               河村 喜久                             
                                                               

 7月26日から8月1日(結末は2日)まで、中川達治さんを責任者とし、山城武史、坂本邦治、河村輝義、河村喜久各氏の計5名がモンゴル国を訪問した。
なお、藤原会長は出発直前にご家族に不幸があったため、急遽同行できなくなりました。
今回の主目的は、昨年10月にウランバートルのソンギノハイルハン区に建設したMJ道場での活動状況の視察。MJ協会関係者と交流し、今後の運用を話し合うこと。余暇として、南ゴビの探索と乗馬、夜には周辺に人工物が全くないゴビ砂漠のど真ん中で、大パノラマの星空を楽しむこととした。



《訪問日誌》

7月26日(木)  関西空港09:00発、北京経由でウランバートルのチンギスハーン空港に17:30着


27日(金)  南ゴビのヨーリンアム渓谷を乗馬・散策
 早朝、チンギスハーン空港を発ち、一路南ゴビへ。到着した南ゴビのダランザドガド空港は、広大で想像より整備が行き届いていた。空港には現地ガイド2人が日本製の四駆(ランドクルーザ)2台で出迎えてくれた。私のガイドは「元警察幹部で、今はダンスの先生」と称する愉快なオジサン。宿泊先の「GOBI OASIS」で昼食を済ませ、約1時間「轍の跡が道路」という悪路を四駆で走り、ヨーリンアム渓谷へ向かった。ヨーリンアム渓谷は標高2200メートル。入り口の看板には、「WELCOME TO HORSE CAMP」と書かれ、数十頭の馬たちが私たちをを出迎えてくれた。見晴らしの良い渓谷までは、勾配と悪路の往復4kmという導く乗り。全員で乗馬を楽しんだ。


28日(土)  南ゴビ砂漠を探索、土砂振りの雨で轍は川と化していた。
昨夜から雨が止まらない。朝方になると土砂降りの南ゴビ。探索に出掛ける前、雨合羽は欠かせない状況なのでガイドさんに買ってきてもらい,外に出るときは着用することにした。年間の降雨日数が3〜4日と言うのに、我々の旅行日とぴったり合致、洪水の南ゴビ探索となった。轍の跡が川となり、その川を水しぶきをあげながら四駆で走り抜ける。途中でトラックが「轍の川」で立往生し、横転寸前の状況に遭遇。その時大雨が降る中、膝までの轍の川に別グループの2人が入り、トラックにロープをかけ四駆の自動車で引き出そうとしていた。立往生したトラックが「膝までの川」から脱出したときはみんなが思わず拍手していた。助け合いの光景に胸が熱くなった。
日本ではこの時期気温が「37、38℃」にもなり、「危険な暑さ」とまで表現されている。南ゴビは雨ということもあるが「22、23℃」と寒く、雨合羽を着用してのゴビ砂漠ツアーになってしまうなんて考えも及ばなかった。
満天の星は鑑賞できなかったが、それ以上に洪水のゴビ砂漠が体験できたのは貴重だった。


29日(日) MJ道場の視察とMJ協会関係者と交流
ダランザドガト空港からウランバートルに移動後、今回のたびの主目的であるソンギノハイルハン区に昨年10月に建設したMJ道場の視察に向かった。どんな道場なんだろう、子供たちは喜んで柔道に励んでいるのか、どんな指導をしているのか。興味津々の思いで道場に向かった。
道場の入り口上部にはの本とモンゴル両国旗が描かれ、両国旗の間にモンゴル語で「MJ柔道場」と(多分)書かれている。見事な道場だ。道場の玄関にはMJ柔道協会のルフサンプレフさんの出迎えがあり道場に入った。レスリングと共用の道場にいた30人余りの子供たちは我々が訪問したのを知り、指導者のダウガドルジさんの指導の下で、整列し我々を出迎えてくれた。
道場は真新しく、トレーニング用のバイクなども完備、更衣室横の部屋には洗濯機も完備してあり充実した道場だ。子供たちが練習している間に更衣室も見学したが、きちっと衣服を整え収容されていた。
練習風景をみたところでは、小学高学年が中心のようで初心者の集まりに思えた。指導者ダウガドルジさんは、「私が柔道を習った当時を思い出して教えている」とのことで、今後指導体系の確立もしていかなければならないと思った。
夜はMJ協会関係者と交流会を持ち歓談と併せ、今後のMJ道場の運営等を話し合った。


30日(日) 
ホテルの朝食会場でたまたま同席したのが静岡県伊豆の国市の市会議長・天野佐代理さん。モンゴル旅行の目的などの話をしていると、今日(7/30)伊豆の国市の市長以下事務方の皆様一行がモンゴル柔道連盟を訪問し、東京五輪開催時、伊豆の国市が柔道選手団の合宿地として提供することなどを打ち合わせするとのこと。また、我々が道場建設をしたソンギノハイルハン区にと伊豆の国市が友好都市交流を締結していることがわかり、親近感を持った。
このことを事前にゲンデンさんにメールしていておいたこともあり、伊豆の国市の方たちの柔道アカデミーの道場でお会いし、柔道を習っている子供たちと集合写真を撮った。
【山城武史さんが寝技指導】 7月30、31日の2日間にわたり、山城さんの熱い指導に子供たちも一生懸命寝技の実技に励んでいた。


31日(火)
ホテルの朝食会場で伊豆の国市の市長・小野登志子さんと中川、河村が同席し朝食。これまでの「日本モンゴル柔道友好協会」の取り組みを話している中で、伊豆の国市とソンギノハイルハン区とで友好都市交流を締結していることが話題になった。
日本モンゴル柔道友好協会の取り組みとして「ソンギノハイルハン区にMJ道場を建設した」ことを話すと、小野市長から是非その道場を見学したいとの要望があり、伊豆の国市として急きょ視察に組み込み見学された。これもなにかの縁、協力できることがあれば、協力していきたいと思っている。
午前中、中川さんとゲンデンさんはMJ協会及びヒルチンクラブ最高責任者のダシジャムツさんを見舞った。


8月1日(水)
帰国の日、ウランバートルから北京に発つ予定の飛行機は乱気流で4時間余りの遅れ。北京に到着したのは18時過ぎ。搭乗予定の北京発16頭字25分発の関空行きは飛び立った後。とりあえず乗り換えの手続きをすると、カウンターの職員はお水を人数分出し、「ツモロー」と素っ気ない対応で翌日の搭乗券が手渡された。
機内食(朝食)は食べたが、昼食は摂っていない。さてどうしようか。ちょうど機内で出会った田口幸子さんが、「私が掛け合ってくる」と伝え、メンバーを代表して河村輝義さんと共に、中国航空のカウンターに出向き交渉。その結果「ビスケットの支給はします」との回答に「子供じゃあるまいし、お弁当と飲み物くら提供しなさいよ!」旨、詰め寄った。そのおかげもあり、チンした温かい弁当と飲み物(スーパードライ500ml)が提供された。ともすれば、空腹のまま北京空港で野宿することになるのかと一瞬思ったが、田口さんの「ホテルが用意できなければ、空港内の中国航空のカウンター前で7人がゴロ寝しますよ」「中国航空としてもそれでいいの?」等の交渉の結果、ホテルまで中国航空仕立てのバスで移動した。ホテルのフロントではパスポート、モンゴルから北京までの遅延した証拠となる搭乗券を提示して、北京のホテルに宿泊することができた。
今でも世界を駆け巡っているというスーパーウーマン・田口幸子さん。因みに彼女の略歴はイスラエルに4年間留学後、ハーバード大学に入学。その後、国連に就職。スーダン大使館勤務などを経て現在は、お金も肩書きにも無縁のボランティア活動をしているという。年齢を聞くと80歳だと。田口さんに感謝!いつまでもお元気で!


8月2日(木)

朝に北京を発ったが、ウランバートルで預けた手荷物が我々と一緒に積み込まれているのかが気がかりだったが、関西空港にはちゃんと到着していた。
今回は自然の猛威の凄さ、これまで味わったことのない諸体験、偶然の良き人との出会いのすばらしさを身に染みて感じた。その瞬間は「エライ目にあった」と思ったが、後になると「こんな経験滅多にできない」記憶に残るたびとなった。

渓谷で乗馬を楽しむ 雨合羽を着てゴビ探索
MJ道場前で 子供たち整列し出迎えてくれた
MJ協会関係者と交流会 伊豆の国市の方たちと柔道アカデミーで
寝技指導 北京でお世話になった田口さんと




                       
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5年ぶり 2度目のモンゴル訪問                                   山城 武史




訪問の目的は、公的には、昨秋当協会の設立メンバーである小笠原和俊氏(理事)の道場建設基金を礎とし、300有余名の日本・モンゴル柔道友好協会の支援者による寄金により、完成されたMJ友好柔道場の視察、交流。時間があればどうじょうでの寝技指導。私的にはモンゴルの大自然に触れる観光・買い物等です。
初日、北京(乗り継ぎ)→ウランバートルへ。ゲンデンさん、高橋さんらの出迎えを受けホテルへ。2日目、3日目は国内便でダランザドガト(南モンゴルゴビ砂漠近郊の町)へ。ゲルで2泊。4輪駆動の2台に分かれ有名渓谷近くまで40キロのドライブ。乗馬体験と渓谷まで散策。夕方からの激しい雨で期待の星空はアウト。翌日は雨が降ったり止んだりする中、約100キロ離れたゴビ砂漠までドライブ。途中草原の道が川になっていたり寒さもあり大変な目に。
4日目、ウランバートルに戻り3連泊。この間、道場視察、練習見学、関係者と会食。柔道場は天井も高く広々として立派なものでした。5日目、6日目、柔道アカデミー視察。練習の後半(1回目は低学年、2回目は高学年ダウガドルジ)2回の寝技指導の機会を与えられ、上からの攻め方(足の抜き方・裏三角)や下からの返し方・攻め方(表三角)などを指導。皆さん大変熱心に取り組んでいました。
期待した満天の星空は今回もかないませんでしたが、2度とないであろうゴビ砂漠での洪水体験・帰路出発の遅れから北京での延泊騒動。後から思えば、寝技の指導共々忘れられない記憶に残るモンゴルの旅となりました。



日・モ友好柔道場を視察して                                   河村 輝義

I中川理事長に誘われ2008年に初めてモンゴルの地に足を踏み入れ、今回は3回目の訪問です。しかも藤原会長、中川理事長はじめ皆様念願の「日・モ友好柔道場」を視察できる機会となりました。
想像したより広く立派な道場で感慨無量でした。30人ほどの子供達が道場に集まって稽古を始めたのですが、1人相手がいない子がいたので私が技の受けをしてあげたところ一生懸命に打ち込みし、なかなか止めようとせず受けているだけの私が汗ばんでくるほどでした。未だ7〜8歳位の幼い子のその真剣な眼差しを見つめながら「貧しいモンゴルの子供たちに柔道を通して希望を与えよう」と始められた活動が今まさに花開こうとしている事を実感しました。
一方で「礼に始まり、礼で終わる」という柔道の基本がしっかりと教えられていない等、指導の仕方の問題等々今後の運営の難しさを感じるところも散見されました。しかし、今後とも諸問題を1つずつ解決しながら当初の目的の完遂を目指していけば前途は明るいものと確信できる訪問となりました。


                                                               

モンゴルで柔道修行中                            高橋 雄基(モンゴル柔道アカデミー指導員)
私がモンゴルで柔道の修行を始め早くも4年目に突入し、この間には色んなことがありました。私事ですが、一番の大きな変化は結婚したことです。
今はモンゴル人の妻と息子が一人、そして今年の10月には娘が誕生します。妻は2006年にMJ柔道友好協会の招待で大阪・堺市で開催されたKIWI CUP に出場した経験があり、藤原先生、中川先生には大変お世話になりました。こんなご縁もあるのだなと私達はMJ柔道友好協会に感謝しております。
今でも変わらず毎年モンゴルではMJ柔道友好協会主催のMJ CUPが開催されています。
また、モンゴルのソンギルハイルハン地区にはMJ柔道友好協会の援助のもと柔道場が建設され、現在のモンゴル柔道の発展にはMJ柔道友好協会無しには語れません。そして、今回、MJ柔道友好協会から先生方が柔道場の視察に来られました。道場の運営など改善点を先生方と見直すことができ、大変貴重な時間となりました。私自身もこれからMJ柔道友好協会とモンゴルの架け橋になれるよう今まで以上に精進していかなければと再認識させられました。
今回日本からきていただいた、山城先生からは私の指導する柔道アカデミーにて寝技の講習会を2日間に渡って指導して頂きました。基本的なテクニックから実戦で使えるテクニックまで幅広く御指導頂き生徒達、指導者達も勉強させていただきました。現在は寝技技術のレベルが低いモンゴルですが、柔道アカデミーでは寝技も精力的に取り入れております。これからも日本との交流を深め寝技技術のレベルアップをはかりたいと考えております。
またモンゴル特有のモンゴル相撲のスタイルも尊重しつつ、日本にもこのスタイルを伝承できればとも考えております。
モンゴルで4年目を迎えましたが、何を一番に指導しなくてはならないか、また日本人の指導者がモンゴルにいる意味とは何かと考えたとき、やはり柔道を通しての人間教育ではないかという考えに辿り着きました。
現在のモンゴルは貧しく、国民の心も貧しくなってきているように感じます。3年間の生活の中で理不尽な出来事、心の傷付くような出来事が多々ありました。「なんとかしてモンゴルを変えたい、貧しさの悪循環から抜け出したい」モンゴル国民の心の中はこんな風だと思います。この現在のモンゴルを変えていくために自分ができることは柔道を通してのこれからの子供達の教育だと思います。
技だけでなく、豊かな心、人としてのマナーや常識、正義感を子供達に教えていくことが私の今の大きな仕事だと感じて日々精進しております。これからのモンゴルを変えていくのは子供達です。その手助けができるよう妻と手を合わせて頑張ります。
MJ柔道友好協会にはこれからもお世話になりますが、今後とも宜しくお願い致します。

寝技講習を前に山城さんを紹介する高橋雄貴さん


モンゴル 柔道アカデミーで寝技指導                                   山城 武史
2016年秋、母校同志社大学柔道部創部120周年記念行事の一環で、当時(1960年代)「学生柔道寝技日本一」と云われた同志社(胡井師範)の寝技を後世に伝えていこうとの趣旨でDVD作成の話に。演武者の候補に挙がった幾多の先輩が「体が動かない・忘れた」等の事情で辞退。比較的元気な私と16年後輩の吉岡康博氏が選出され、足掛け2年がかりで撮影・編集を経て完成しました。
藤原会長から昨年そのDVDを「モンゴルにも送付した」と聞き、今回の訪問に際し、「もし時間が取れれば現地で寝技の解説をして欲しい」とのことから、7月30日と31日の両日にわたり、モンゴル柔道アカデミーで寝技の解説と実技指導をした。
当初柔道アカデミーの年少者から年長者までの幅広い層にどう説明するか考えた結果、実技指導の冒頭「寝技は知っているだけでも大きな武器になる」「寝技をマスターすれば思い切って技をかけることができ、立ち技も強くなる」など「柔道の修行において寝技は欠かせない」旨の説明をした。通訳は高橋さん、2日目はゲンデンさんがあたった。
今回の解説・実技指導は、上記DVDにもある@上からの攻め方(足の抜き方・裏三角)A下からの攻め方(返し方・表三角)B寝技の極め方・防ぎ方、この3点の予定でした。子供たちは熱心に説明を聞き、実技指導では引っ張りだこに合うという嬉しい悲鳴。結果的には時間不足で、初日は@だけ。2日目は@の復習とAで時間切れ、Bまではできませんでした。
今回柔道アカデミーの生徒たちの練習ぶりを間近に見て、「この熱意があれば、きっと彼らはまだまだ強くなる」と実感するとともに、同志社大学の寝技の一端がモンゴルで根付けば、これまた嬉しいことだと思いました。



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