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 No.34

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●モンゴルレポート●

                  

                     ロンドンオリンピック モンゴルチームの活躍について


                                                         ゲンデン・バタエルデネ



モンゴル国代表として柔道、ボクシング、マラソン、レスリング、アーチェリー、射撃など全8種目で29名の選手がロンドンオリンピックに参加いたしました。
今回のオリンピックチームの大活躍で銀メダル2個、銅メダル3個の計5個のメダルを獲得し、モンゴルオリンピック史上最多となりました。
特に、女子レスリングの63kg級、ソロンゾンボルド・バットツェツェグ選手がレスリング界で女子史上初のオリンピックメダリストになりました。このことは、モンゴル国内メディアに大きく取り上げられました。
今大会で柔道チームは男子4名、女子5名を送りだしました。
開会式翌日、柔道競技が始まり、期待する選手が次々敗れ、特に、アテネオリンピック男子60kg級、銅メダリストのツァガンバータル選手が2回戦で敗れました。
3日目、73kg級のサインジャルガル・ニャムオチル選手が銅メダルを獲得いたしました。
これで、モンゴルチームに勢いがつき、−100kg級のナイダン・ツバシンバヤル選手(北京オリンピック・−100kg級金メダリスト)が2大会連続決勝に進み、銀メダルに輝き、モンゴル初となるオリンピックWメダリストになりました。
一方、女子選手は、ウランツェツェグ、ムンフザヤの2選手が敗者復活戦に進みましたが、惜しくもメダルには届きませんでした。
大会後半に、レスリング(銅)、ボクシング(銀、銅)選手の活躍で前述のとおり、メダルは最多となりました。
しかし、前回大会では、金2個を獲得しており、今回では上回る活躍が期待されましたが、金メダルは獲得ならず、目標に届かなかった課題が残っており、次の大会で是非獲得することを期待して、若い選手達に頑張ってほしいと思います。
                           (ゲンデン氏は当協会のアドバイザー、モンゴル柔道協会 在外コーチ)



各選手の戦績
男子
名前 階級 結果
ダワードルジ・ツムフレグ −60kg級 1回戦敗退
ハシュバータル・ツァガンバータル −66kg級 2回戦敗退
サインジャルガル・ニャムオチル −73kg級 銅メダル
ナイダン・ツバシンバヤル −100kg級 銀メダル

女子
名前 階級 結果
ムンフバット・ウランツェツェグ −48kg級 7位 敗者復活戦
ムンフバータル・ブンドマ −52kg級 2回戦敗退
ドルジスレン・スムヤ −57kg級 1回戦敗退 MJ奨学生
ツェデフスレン・ムンフザヤ −63kg級 5位 敗者復活戦
プレフジャルガル・ハムデグ −78kg級 1回戦敗退


モンゴルメディアが報じたロンドン・オリンピック



◎銀メダル2個(柔道・ボクシング)と銅メダル(柔道、ボクシング、レスリング)はモンゴルのオリンピック史上最多となりました。過去は前回の北京、1968年のメキシコ、1980年のモスクワで4個です。ただし、北京では金2個で、今回、獲れなかったことを非常に残念と報じました。


◎柔道のツバシンバヤル選手は北京の金に続いて、2大会連続に勝ち進んだことを大きく報じました。2008年の北京後、右ひざを怪我し、ニューヨークで手術を受けました。私たちが2009年8月、彼を尋ねた時はリハビリ中でまだ練習に入っていませんでした。2009年より階級を100kg級に上げて国際大会に出ましたが結果は残せず、2010年2月のワールドカップ・ウィーンでは100kg超級でようやく7位、それ以降階級をー100kg級に戻し、2月のグランプリ・デュッセルドルフで初戦敗退。5月のフランプリ・チュニスで2回戦敗退と下位の国際大会でも成績は不振でした。が、7月のワールドカップ・ウランバートルで優勝し、気分を一新、8月の世界選手権では5位と復調を印象付けています。また、IJFのルールの変更に伴い、直接の双手刈、肩車の形を変更し、担ぎ技からの連携をとりいれました。ここまでは奇跡の復調と言えます。
2012年7月のロンドン・オリンピックでは順調に勝ち進みましたが、準決勝で韓国の選手と戦い、古傷の膝を痛めるというアクシデントがありましたが、最後まで戦い、優勢勝ちを勝ち取りました。
試合後は自力で歩けず、関係者に背負われて退場いたしました。決勝でロシアのタギル・ハイブラエフに一本で敗れオリンピック2連覇は成らなかったが、銀メダルを獲得し、モンゴルは国民を挙げて称賛いたしました。また、もし怪我が再発しなかったら、金メダルを獲得できたと、モンゴルの人々は話していました。
当試合には柔道家のロシア大統領プーチン氏が観戦し、両者の健闘をたたえました。


◎レスリング競技で女子フリースタイル63kg級、バットツェツェグ選手がモンゴル女性で初めてのメダル(銅)を取りました。過去、モンゴルのオリンピックのメダル獲得数はレスリングが最多で合計9個。柔道のメダル数は今回の2個を加え、合計7個になります。モンゴル最初のメダリストは、1968年メキシコシティー大会のレスリングで銀メダルを取った横綱白鵬関の父親です。


◎ボクシングのトグソツオグトが男子フライ級で銀メダル。年齢が20歳になったばかりで、次回のリオデジャネイロの大会で金メダルが期待されています。2個目は男子ライトウェルター級ムンフエルデネ選手で銅メダルでした。


                     ☆ロンドンオリンピック・モンゴル関連ニュースから☆


◎2012ロンドンオリンピックメダルサンプルにモンゴル産『金』を使用

大手鉱山会社リオ・ティント社は、ロンドンオリンピックとパラリンピックの公式サプライヤーである。
同社は米国ユタ州のケネコット・ユタ・コッパー鉱山とモンゴルのオユートルゴイ鉱山から、4,700個の金、銀、銅メダルを製造するための金属(8トン)を購入した。
金属の大半はケネコット・ユタ・コッパー鉱山から、サンプルと一部はモンゴルのオユートルゴイ鉱山が受け持った。新しく設立されたモンゴルの同鉱山は2012年8月にフル稼働を開始したばかりである。


◎モンゴルから6選手が、ロンドンパラリンピックに参加しました。

ロンドンパラリンピックは2012年8月29日に開始された。21のスポーツカテゴリーで競う10日間です。
165カ国4200名余りの選手、コーチなどが503セットのメダルを目指し競うことになります。
モンゴルは4つのカテゴリーで6選手を派遣いたしました。8月15日の朝、ラマ寺院の修道院で壮行会を行い、ロンドンの空に翻るモンゴル国旗を代表者に渡しました。参加した選手は次の通りです。

男子柔道 −66kg級 A・ムンバット   男子柔道 −90kg級 D・ガンバット
女子アーチェリー B/ジャバナ   女子アーチェリー  B・オユン
女子射撃  10mピストル T・ハマスレン  陸上競技  男子短距離 B・ムンフエルデネ

2008年北京のパラリンピック。アーチェリー競技で金メダルを獲得したD・バータルジャブ選手がモンゴルの労働英雄賞を受けた後、テレビ、大手新聞などのマスコミも関心を示し、大きく取り上げ今回のライブ送信となった。


◎障害年金はモンゴルのオリンピックや世界選手権のメダリストに設定されている。

2012年8月15日、開催された閣議で、かつてのメダリストに対しても、生涯年金が付与されることが決定した。過去にメダルを取った選手は47選手になります。オリンピックの金メダリストは月額約30万円になります。ロンドンオリンピックの報奨金も定められています。今回柔道とボクシングの銀メダリストには約60万円です。もちろん、企業からも相当な報奨金や物件が渡されます。
ちなみに、北京の金メダリストのツバシンバヤル選手には100万ドル相当の報奨金が渡されました。

                         

                             ハングリーからプライドへ


ツバシンバヤル選手が北京の金に続いてー100kg級の決勝に残った。モンゴルで初めてのWメダリストになった。ロシアの国境に近いブルガン県で7人兄弟の末っ子に生まれ。貧しい牧民の家族で育った。
小さい時から遊牧の仕事を手伝い、乗馬を覚え、ナーダムのレースに7歳で出場し、体を鍛えてきた。
小学校の5年生から柔道を始め、あわせてモンゴル相撲でも技を磨いてきた。高原の民は心肺機能に優れ、息が上がる事を知らない。武道の強さの一番の理由にハングリー精神が大きく影響を与える。そんな環境で育まれてきた。そして、北京の金につながった。
しかし、ロンドンではそれを乗り越え、銀を取った。ひざの故障を克服し、ルールの改訂に立ち向かい、金メダリストの自負心を持ち、試合中の古傷の傷みにもめげず、である。
モンゴル人は誇り高い民族である。尚武の精神を持ち、プライドを尊重する民である。
ツバシンバヤル選手は、ハングリーからプライドへロンドンで進化した。

                                                               (藤原 良平)
                             
-100kg銀 ツバシンバヤル(右) ロシアとの決勝戦
                                 (写真はロンドンオリンピック公式ホームページより)
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2012年夏 モンゴルにて                             下村 ハンダスレン(MJ協会事務局)


私たちがモンゴルを出てから、あっという間に10年がたちました。
今まで住んできた国々(東京、上海、香港)はとても発展した、住みやすい所でした。
でも、私の気持ちはどうしてもモンゴルから離れることができません。
毎年夏になると一番の楽しみは、モンゴルに帰ってゆっくりすることです。
私の国は『天の国』です。この国の天空の草原、山、土からパワーをもらって、後、また一年間、国外に住めるようになります。今年の夏は気温がちょうどよくて雨が多く緑がきれいです。
今年も地方のキャンプ場で2泊しました。久しぶりにモンゴル料理を食べ、自国語で隣の人と話をしました。日本から来れれるMJ協会の方々も、モンゴルに来るたびに「モンゴルの風が美味しい」と言われます。それは本当です。私は草原の美味しい風をいっぱい吸いました。草と花のいい香り、青空、満天の星・・・モンゴルにしかないみたい・・・感動です。かつて当たり前だったことは、当たり前ではなかったのです。
このきれいな国をずっと守りたくなります。

モンゴルの経済は世界一の速さで向上しているようです。まだ、多くの資源を使い始めていないのに。物価は毎年10%増加していると聞いています。
日本、カナダ、オーストラリア、韓国、EU、アメリカからの投資も増えてきています。
もちろん、モンゴルには解決しなくてはいけない問題が多くあります。
モンゴルは他の発展途上国に比べて、高い教育を受けた国民と、豊かな自然や鉱物資源があり、発展する条件が整っています。

今年の6月に国会議員選挙がおこなわれ、かろうじて民主党が第一党になりました。
国から国民が無償で、1,072株のErdenes Tavulantolgoi鉱山の株を配る予定です。
モンゴルの各会社には32,620株の購入権を与えました。
この鉱山の株を香港とイギリスのストックでIPOする準備が進んでいます。

モンゴルは民主主義に入ってからモンゴルの若者の30%〜40%が海外に働きに行っています。
いま、家族の1〜3人が海外で働き、留学しています。
その人たちが高い技術を身につけてモンゴルに還ってきていますが、まだまだ就職の場や自分の力で働ける場がありません。収入が安いのに物価が高いですから、思った通り暮らすことができない人がたくさんいます。
ウランバートルの人口の60パーセントがゲル地区(伝統的な草原の移動住宅)に住んでいます。
ゲルは多くなるほど空気を汚し(燃料は薪、牛糞、石炭)衛生状態を悪くしています。
現在アパートも沢山建てられていますが、年々値上がりしているのが現実です。
モンゴルの人々は一人ひとり、何か始めるために努力しているのがみえています。
発展のために時間がかかりますが、努力があれば明るい未来があると信じています。
これからも、応援よろしくお願いいたします。





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モンゴルからの便り

奨学生から、ロンドンオリンピックの感想や、最近の成績などの報告と感謝の便りが届きました。
モンゴルの少年たちはナーダム(7月11〜12日)が終わると、両親の田舎で長い夏休みを過ごします。
家畜の世話や、水汲み、燃料集めなど。また乗馬で羊を追い、遊牧を手伝います。そして友達とブフ(相撲)や競馬に興じます。そのような生活の中で足腰は鍛えられていきます。


ダシジャムツ・ツォグバヤル(17歳/男)

ロンドンオリンピックでモンゴルの柔道選手がメダルを取ってとてもうれしく思いました。
ツバシンバヤル選手が怪我をしても最後まで頑張って戦ったのはさすが強い選手だと思いました。大変感動いたしました。私もオリンピックに出てメダルを取りたいです。
2011年9月、ギネスブックに登録されるために行われた4090人の選手が参加したモンゴル相撲大会が行われ、私は参加しました。その大会は特別に記録に残りました。同年11月にはチンゲルテル地区の20周年、建国記念日のためのモンゴル相撲大会で金メダルを取りました。
今年に入って、レスリング少年大会の85kg級で金メダル、区の少年柔道大会のー81kg級で金メダルを取りました。今まで、奨学金を与えていただいているMJ協会の皆さまに大変感謝しています。


ゼムベツ・シグトル(16歳/男)

皆さん、こんにちは。僕はシグトルです。16歳です。2006年から柔道を始めました。
2011年 Temuujin Cap  銅  MJ少年柔道大会  銅  Altai Cap 金
2012年 体育大学大会  銅    Altai Cap 金   アジア子供ゲーム柔道(saha) 銅2個

皆様からの奨学金で、たんぱく質、ビタミンなどの栄養食品、ユニホームを買いました。
今年のロンドンオリンピックでたくさんの強い選手達が参加しました。モンゴルの選手達も負けずに頑張りました。僕も頑張ってオリンピックに出たいです。これからもよろしくお願いいたします。


サランゲレル・ナランバータル(19歳/男)

7,8月は父の故郷、ウランバートルから400km西南にあるウブルハンガイ県へ行ってきました。
MJ協会の皆さまにはいつも感謝しています。ウブルハンガイ県から、柔道とブフを習うため2年前からウランバートルのスポーツ学校に入り、毎日練習しています。昨年、本年と青年柔道大会に出て、メダルを取りコーチを喜ばせることができました。奨学金は栄養費に充てています。ロンドンオリンピックでのツバシンバヤルさん、怪我を押しての銀メダルに感動いたしました。私も強くなってオリンピックに出たいと思っています。早く一流選手になるため頑張ります。


ムングンシャガイ・バヴーバータル(18歳/男)

柔道を学んで本当によかったと思っています。ロンドンオリンピックのモンゴル選手の活躍を見てモンゴル人を誇りに思いました。私の目標は、青年柔道大会で金メダルを取り、有名選手になり、将来は柔道の先生になる事です。日本のMJ協会の皆さまには今までの奨学金に対して、心から感謝をいたします。将来は日本に行って、お礼をしたいと思っています。

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