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 No.11

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●モンゴル訪問記●

期  日: 2004年8月3日(火)〜10日(火) 8日間
メンバー: 忠内俊憲(−66k)、直野光祐(−90k)、小杉賢史(−100k)以上同志社大生。 
  中川達治理事長、 藤原良平代表の5名
行き先 : ウランバートル、ダルハン、カラコルム、ウブルハンガイ県

ダルハン訪問/柔道指導(8月4日)

子供たちと元立ち稽古
モンゴル第2の都市(ウランバートルから北へ220km、人口約10万人)スポーツコミティーの招待を受け、ダルハンを訪問。バットラフ委員長の案内で市長を表敬訪問した。スポーツコミティーに対し、大阪電通高校より預かったリサイクル柔道着10着とスポーツ救急医療の湿布薬、テーピング用品を贈呈。市長自ら受けて頂いた。当地には今年の4月から、日本青年海外協力隊の丹羽美奈子さん(国士舘大出・奈良県出身)が指導に当たられている。青少年の育成のためスポーツの振興に市をあげて取り組んでいて、将来、ダルハン国際少年スポーツキャンプを開催したい意向で、MJ協会への協力要請があった。東アジアの日本、ロシア、韓国、などから少年達を招き、柔道など数種のスポーツ大会開催の趣旨説明があった。午後から子供たちを中心に柔道練習、日本からの3選手による元立ち稽古、得意技の披露、技術指導などを行った。
ダルハン市長を表敬、懇談
練習後、コミティーの皆さんと、河畔の草原で羊の石焼き鍋をいただいた。馬乳酒、アルヒ(モンゴルウオッカ)の回し飲み、美味しいが疲れる。また、黄金色の8歳馬1頭がMJ協会に贈呈された。日本に連れて帰るわけには行かず、当地に預けることにし、時々写真をメールで送ってもらうことにする。
翌朝、バットラフ委員長に連れられて、国際スポーツキャンプ大会の主会場になるキャンプ場に案内された。社会主義の時代に(15年以上前)に建てられたもので、相当傷んでいる。リニューアルをするというが。ダルハンの町から小1時間かかり、遠いのも気がかりである。
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合同練習1日目(8月5日16時〜18時 ウランバートルスポーツ宮殿/体育館)

 
8年ぶりにモンゴルにオリンピックメダル(銅)をもたらしたツァガンバートル君と忠内君の乱取り 国境警備隊ヒルチンクラブの幹部を訪問  
明日のアテネ出発を前に、モンゴル柔道連盟のヘッドコーチ ナサントグトフ氏と オリンピック−60kg級モンゴル代表のツァガンバータル君(MJジュニアー大会63k級優勝)が参加。ツァガンバータル君は日本の3選手を相手に元気なところを見せていた。運動能力に優れ、モンゴル相撲で鍛えた技はしばしば3選手を投げつけた。モンゴルは手わざを中心にした力技の選手が多く、激しい練習が行われた。海抜1,400mにあるウランバートルは空気が薄く、忠内君らは息があがり苦しそう。スタミナと肺活力を鍛えるための高地トレーニングに好適である。

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カラコルム(ハラホリン)へ(8月6日)


エルデニ・ゾー寺院
 
     
午前8時、西暦1235年建設、大都(北京)に遷都するまで約20年間首都として栄えたモンゴル帝国の旧都カラコルムに向かって出発。片道8時間、舗装道路がところどころで工事中、地道を砂塵巻き上げて進む。2015年ウランバートルからカラコルムへ再び首都がもどってくる。広くて平らな草原の中に新しい都を思い浮べる。
6世紀の後半、廃墟の上に建てられたチベット仏教(ラマ教)の寺院「エルデニ・ゾー」を訪れる。4つの部族の真ん中に位置し、4つの門と108の仏塔がある。夕陽に眩しく浮かんでいた。その夜は煌々と輝く月、満天の星の下、ツーリストキャンプで宿泊する。
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ウブルハンガイ県ウルジットへ(8月7日)

ダシジャムツ一族
夜明けと共に起床、朝食後、ダシジャムツ氏(MJ協会役員)のふるさとウルジットへ、ワダチを頼りに車を進める。我々には同じ景色のところを走っているように見えるが、誘導のダシジャムツ氏にはふるさとの山や川がはっきりとわかるようだ。雄大な湖畔のゲルに着いた。我々や親戚、友人を招くために今朝建てられたゲルである。彼らにとってふるさととは山であり、川であり、湖であり、空である。その大自然に包まれることがふるさとへ帰ることのようだ。決して家や村落があるのではない。
草原の勇者
モンゴル式の歓迎を受け、嗅ぎタバコ、馬乳酒、アルヒ、羊肉、チーズと続く。食事の後は乗馬を楽しむ。おとなしい馬が用意され、初めての3人にも安全のようだ。30分もすると手綱を前から引くことなく、1人で進めることが出来た。湖の白鳥を眺めながら、なんとも気持ちが良い。
2度目の食事を終え、別れの儀式を済ませ、一路ウランバートルへ、8時間近い行程である。ウランバートルに午後10時過ぎ到着、MJ協会事務所でハンダさんの用意した夕食のご飯に感激する。
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合同練習2日目(8月8日、16時〜18時 ウランバートルスポーツ宮殿/柔道場)

昨日の疲れを取るため、練習まで自由行動とする。
MJ協会所属の選手を中心に合同練習。激しい準備体操を見ていると重量級の選手も柔軟な筋力、運動能力の高さがうかがえる。乱取りの後は直野君より寝技(腹ばいの相手を攻める技)を披露、繰り返し練習をおこなう。複雑な手順もすぐに飲み込んでいた。攻撃一辺倒のモンゴル柔道に対し、受け稽古の効用を説いた。実力の上の者は、これから強くなる相手に対し、技を受ける練習である。弱者は技の上達が早くなり、強者は体裁きを磨き、受けに強くなる。
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市内観光/合同練習3日目(8月9日、16時〜18時 ウランバートルスポーツ宮殿/柔道場)

MJ協会合同練習メンバー
奈良の大仏を彷彿させるガンダン寺を訪問、お参りをする。モンゴル自然史博物館。単調な自然の中、動植物の種類の多さに驚かされる。又、モンゴルは恐竜のふるさとでもある。
専用道場の候補場所を訪問。郊外にある軍の車両修理工場の中の体育館が使えるとのこと、よく聞いてみると,週に2、3日は他のスポーツに譲り、畳の上げ下ろしが頻繁であり、傷みが激しくなる。これでは現「ヒルチンクラブ体育館」と変わらない。ダシジャムツ氏と相談の結果、現在の畳管理をきっちりと行い、国境警備隊・ヒルチンクラブでこのまま続けることにした。
同志社大学柔道部より柔道着4着贈呈
最後の合同練習。お互いに実力がわかってきて練習の動きに硬さが取れる。寝技の乱取りに時間を割く。モンゴル側からも掬い投げ、変形1本背負いなどの技のかけ方を学んだ。
最後に中川理事長の技の連携、崩しなどについて説明、指導が行われた。
同志社大学柔道部甲斐監督の依頼により、柔道着4着がMJ協会に贈呈された。
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