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 No.35

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●モンゴルレポート●

第10回MJ少年柔道大会開催

会長 藤原 良平

久しぶりの観戦でした。2003年に62名の参加選手で始まったこの大会は大きく成長していました。

参加選手も2008年(北京オリンピックの年)に続いての343名が来てくれました。選手の戦いぶりも、闘志に溢れ、技も多彩で高度な寝技も見られました。スピードのある足技も増えていました。畳の上での練習の成果だと思います。そして何よりも負けて涙を流して退場する真剣さに感動しました。

試合運営にも驚きました。スタッフは少人数で、国際試合と変わらず、全てがスムーズでした。

試合中の怪我に対しても、試合場に医者が待機し、モンゴルの医療費はすべて無償と聞きました。

会場に掲示された大きな幟や、表彰式には馬頭琴の演奏を使った演出も、素晴らしいものでした。

今年は過去最多の27チームの参加がありました。ロシアのサハや遠方(スフバートル、ウブルハンガイ、ドルドノ、ヘンティーなど7つの県)からの参加がありました。

テレビ局や新聞社の取材もあり、当夜のスポーツニュースや翌日の新聞で大きく報じられました。

将来この大会は国際試合を目指していて、日本、韓国、中国、カナダなどへ参加の呼びかけをしたいと「MJ協会」からの希望がありました。今大会に参加して、今でも、大きな感動が続いています。



第10回記念MJ柔道大会

第10回記念 MJ柔道大会を終えて

中川 達治 

この大会を観戦するのは、7年振りでした。会場は同じであっても試合場の雰囲気はまるで違っています。色々な国際大会を見たり、柔道ワールドカップ・ウランバートル大会を開催したりして、経験を積んだ成果だと思われます。

会場設営についてはヒルチンクラブのスタッフが、私の良き友人のダシジャムツ大佐の指示のもとで、朝から夜遅くまで会場設営に携わってくれました。試合運営についても少ない人数で効率よく対応している様子は、日本の試合より簡素化され合理的でした。350名弱の選手が出場する試合でも審判員は12名でローテーションを組み、会場係も6名のスタッフで対応していました。見習う点が多くあり勉強になりました(写真右は開会式で挨拶する中川理事長)。

表彰式では選手を称える曲が会場に流れ、表彰台に上った選手はまるでオリンピックで表彰を受けているような晴れやかな表情でメダルを胸にしていました。

昨年訪問した際、10回目となる節目の大会をひと区切りとし「MJ大会の運営をモンゴル側に全てバトンタッチしたい」旨の話をダシジャムツさんに申し入れ、了解してもらいました。しかし、子供達の試合に賭ける真剣さと頑張りや大会に対する熱意を見て、この大会と今後どの様に関わって行けばいいのか、考えさせられるものがありました。今後のMJ大会の取り組みについては改めて皆さんの意見を聞きたく思っています。

懸案の道場建設に向けて試合の合間に候補地を見学しました。場所はウランバートル市南側に位置する丘陵地で、建設中のマンションの1階エリアです。広さは問題ないようですが、中央部に柱があり、天井も高くなく道場には適していません。ウランバートルは今マンションバブルで、市内はクレーンが乱立しています。この様な状況で市内の土地を無償で提供するという事は現状では難しいようです。

ウランバートルでのマンションバブルという事情が、私たちが目指す道場建設への取り組みの障害となってきている中で、一旦白紙に戻し再考した方良いのではないかと思っています。皆様のアドバイスなどお寄せいただければと思っています。





                    


                           

MJ少年柔道大会に参加して

通訳兼アドバイザー:ゲンデン・バタエルデネ

 

10年前、60名余りの選手が参加した大会が大きくなり、歴史と伝統のある大会になっていました。私は、日本で開催している少年柔道大会に携わることが多くなっていますが、モンゴルの少年柔道大会を見るのは10年振りです。今回の訪問は、日本にいた時からとても楽しみにしていた大会でした。

大会役員、審判員、スタッフなどの指導者をはじめ、出場している選手の礼儀も大変よく、柔道本来の一本を取る試合内容でハイレベルの大会でした。

モンゴルのナショナル柔道チームのメンバーが世界で活躍していますが、子供たちの戦いぶりを見て、次の世代につながる選手が育っているのを目の当たりにし、嬉しく思いました。

私が子供のころは少年柔道大会が年間を通して少なかったのですが、今は今大会を含め数多くの大会が行われ、モンゴルの柔道が益々発展していくことを確信しました。

将来この大会を通じて、世界に通じる強い選手が沢山出てくることを期待しています。








                               

第10回記念 MJ少年柔道大会同行記

「至る所で味わった感動」

               河村喜久

 2度目のモンゴル訪問に同行した。今回は10月26日(金)、27日(土)に開催される「第10回記念MJ少年柔道大会」に出席することが目的。夏期(7、8月)は関西空港からウランバートルまでの直行便はあるが、9月以降の直行便は成田空港からしかないので、今回は仁川経由で行くことになった。

 関空を発ったのは25日昼過ぎだったが、乗り継ぎの関係でウランバートルのチンギスハーン国際空港に着いたのは23時過ぎ。そこには国境警備隊大佐でモンゴル・ヒルチンスポーツクラブ責任者のダシジャムツさん、MJ協会の事務局員で通訳をしていただいているハンダスレンさん、モンゴルから東海大に柔道留学された日本在住のゲンデンさんら6名の役員の皆さんに出迎えていただいた。ゲンデンさんには今回の訪問に際し、通訳兼案内役として日本から先にモンゴル入りを願った。

 迎えの車は日産のARMADA(海外向けの車で日産自動車最大の大きさを誇る。V8、5.6リッター)。随分マッチョで頑丈な車なので聞いてみると、国境警備隊所有で外国の要人専用送迎車とのことだった。昨夏と変わらぬひび割れがひどい道路だが、悪路対応車とあってスムーズにホテルに着いた。幾分車の数が少ないようなので尋ねると、今年4月から走行できる車のナンバーを偶数と奇数に分けて走るよう試行されているから、とのことだった。

 10月26日(金) 朝からMJ協会事務所に出向き大会の打ち合わせをした。事務所に掲示している「会員支援ボード」(写真左)の名札も昨年より増え、掲示板の3枚目半ばを埋めていた。MJ少年柔道大会が今回で10回目を迎えることができたのはこれらの方々の支援のお陰だということがよく分かった。その後、15時からの開会式に出席するため事務所を出発。開催場所はモンゴル相撲のメッカとして名高い相撲会館。外観はモンゴルの遊牧民が暮らす移動式の住居「ゲル」を模したデザインだ。入ってみると中の造りはモンゴル相撲の歴史と重厚さを直に肌で感じる。

 開会式を前に相撲会館内の貴賓室に案内され、開催役員の方々に挨拶と併せ、にわか覚えのモンゴル語で「ナマーェグ・カワムラ・ゲテグ」と自己紹介した。

 開会式は予定通り15時から開催され、まずモンゴル国旗に向かって国歌斉唱の後、出席者を代表して中川理事長が挨拶した。今大会の参加者は350名弱。記念大会ということでロシアからの参加者もあり、充実した試合内容だった。試合時間を表す電光時計や試合結果の成績もPCで操作・入力(写真右2枚)し、記録類は素早く出力できていた。試合場は2面、畳ではなくウレタン製で敷設されている。そのため表彰時の会場レイアウトの変更は容易にできた。

初日は男子5階級、女子3階級、2日目の27日は男子3階級、女子3階級の試合があり、上位3位まで賞状と日本で準備した賞品を贈呈する。地元の役員と併せ、日本から訪問している藤原会長(写真上)、中川理事長(同中)、河村理事(同下)の3人が表彰時のプレゼンターを受け持った。

手渡す時に日本語で「おめでとう」とお祝いを言っても子供たちは理解できないだろう。現地の言葉で話そうと思い、ゲンデンさんからモンゴル語を教えてもらい入賞者それぞれに「バイヤル・フリギー(おめでとう)」を言った。選手はこれを聞いてニッコリしてくれた。言葉というものは実に素晴らしい。

 28日(日) 「MJ10周年記念祝賀会」の日。モンゴルでトップクラスの「ラマダホテル」で開催した。祝賀会はまず藤原会長の開催挨拶の後、今大会のためにカナダから駆けつけたモンゴルNPO「MJ協会」ハマスレン会長ら、事務局側が準備した「MJの歩み」を集約した写真データをプロジェクターで投影し、10周年を祝った。席上、2001年に日本から寄贈した柔道場の畳の話になり、「今もモンゴルの子供たちが畳の上で練習に励んでいる」との紹介があった。その話を聞き、予定していなかった畳の寄贈先でもあるヒルチンスポーツクラブで柔道に励んでいる子供たちを励ますために、急きょ訪問することになった。

 29日(月)15時 国境警備隊の中にあるヒルチンスポーツクラブの柔道場に行くと、60余名の子供たちがにこにこ・きょろきょろ落ち着かない様子ながらも、整列して私たちを出迎えてくれた。なんとほほえましい光景なのだろう、と思っていたらそこにはモンゴル五輪委員会ダムディン副会長と北京五輪柔道金メダリスト、ロンドンでは銀メダリストで子供たちのあこがれの選手ナイダン・ツブシンバヤル選手も私たちを出迎えてくれた。予期せぬ出迎え者に感動した。

 その後、道場の上階にある国境警備隊の大佐室に案内された。まず目に入ったのが部屋の正面に掲げられている日本とモンゴルの両国旗だ。これらの歓迎ぶりは全てダシジャムツさんの気配りだということがひしひしと伝わってきた。

 ダムディン副会長から歓迎の挨拶を受けた後「モンゴル五輪委員会から感謝の徴として褒章を準備しました」と藤原会長・中川理事長と併せ、同行の私にも褒章が手渡された(写真右)。受け取った瞬間、これまでにない胸の高まりを感じ、目頭が熱くなった。

 今回の「訪問」も「MJ少年柔道」を通じ、モンゴルの方々の人情に触れ、心温まるもてなしに感動した6日間でした。


 
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大阪国際親善柔道大会 モンゴルチームは団体戦で念願の2連覇             監督報告 中川達治

第18回大阪国際親善柔道大会(NPO法人大阪国際柔道友好会など主催、在大阪モンゴル国総領事館など後援)が平成24年11月25日(日)、堺市立大浜体育館で開催されました。

試合は男子・年代別、女子・体重別の各個人戦と男子及び女子の団体戦で、21カ国160名に及ぶ選手が参加し、熱い戦いが繰り広げられました。
団体戦で連覇を狙う我がモンゴルチーム(日本在住)は、先鋒に昨大会にも参加したニヤマスレン・ダグワスレン(学生・81`)、次鋒はリーダーのゲンデン・バタエルデネ(会社員・90`)、中堅はチンバット・エルデンバット(会社員・110キロ)、副将はニヤマージャブ・バヤルバータル(教員・115`)、大将はモンゴル相撲の英雄バット・エルデンの甥にあたるフルンゼ・ムンフスへ(学生・143`)のオーダー。

初戦(シードで2回戦から)は強豪の堺選抜大阪刑務所チームだったが、前2人の活躍で2−0の勝利。その後ブラジルのカラザンスを5−0、在日留学生チームとは3−2で勝利し決勝に進んだ。

決勝の相手は打倒モンゴルに燃え、メンバーも強化して来日した釜山柔心会。先鋒ニヤマスレン、次鋒ゲンデンが一本を取りリード。中堅は惜しくも敗れたが副将のニヤマージャブは闘志ある戦いで引き分け、大将のフルンゼは相手を追い込んでの優勢勝ちを収め3−1で勝利し、念願の2連覇を果たした(写真は選手と監督、役員)。

個人戦はフルンゼ・ムンフスヘが決勝で惜敗し準優勝。チンバット・エルデンバットは積極的な試合運びが功を奏し、決勝戦では一本勝ちで優勝を果たした。

 試合の前に山梨県などから大阪入りしたモンゴルチームは、日本で活躍中のモンゴルの画家・オユンナさんが大阪三越伊勢丹で「オユンナ油彩画展」を開催しているのを聞き、大会前日の24日に表敬訪問した。また、オープニング・セレモニーで油彩画展に出席されていた在大阪モンゴル国総領事館のダンバダルジャー・バッチジャルガル総領事とも歓談することができました。総領事からは「選手の皆さんは明日の試合では正々堂々と試合に挑んでください」と柔道大会への激励の言葉が寄せられた。その後、選手達と一緒に食事をした回転すし店では、一人30皿は平気で平らげるのを間近にし、その食欲ぶりに圧倒されるのと併せ、団体戦での試合ぶりから日本人にない身体能力の高さをまざまざと見せつけてくれました。モンゴルの選手達は今後どれだけ強くなれるのか、新たな楽しみを感じさせる一日でした。


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